淳也と小犬ゴエモンの冒険

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主な登場人物(および動物)


石川淳也:公立小学校学2年生、石川五右衛門の子孫。
 

ゴエモン:生後間もない小犬、戦国時代の大泥棒石川五右衛門の生まれ変わり。
 

西村京子:淳也の隣に住む高校二年生。
 

ゴンタ:野良猫、淳也とゴエモンに助けられ京子に飼われることになる。


片目のドラ:野良猫集団のボス。
 

パパ:石川淳也の父親、大学助教授。


ママ:石川淳也の母親。


石川美佐子:淳也の妹、幼稚園に通っている。


神埼好美:私立小学校の二年生、誘拐されるが淳也とゴエモンに助けられる。


その他
吉田先生:淳也の担任。
浩二君:小学六年生、少年野球チームのキャプテン。
佐藤先生:動物病院の獣医。
山中範子:京子のクラスメート(高校二年生)、両親の離婚により退学を考えている。
野口哲也:高校二年生、野良猫を虐待する。
ゴロー:おじいさんに飼われていた犬、おじいさんを助けようとして暴走族に殺される。
チュウゾウ:ネズミ集団のボス。
チュウダイ:昔のねずみ族の総大将。
ゴンゾウ:昔の猫族の総大将。


第一章 出会い


 タッタッタッタ、タッタッタッタ。
 学校帰りの小さな男の子が体よりも大きなランドセルをユッサ、ユッサと左右
に揺らしながら走ってくる。
 ランドセルの金具がカチカチとせわしなく鳴っている。
 ひたいは微かに汗が光る。

 なぜ、この子は走るのか?  大人にはわからない。
 いや、この子にも、他の子にもわからない。子供はわけもなく飛び跳ねたり、
スキップをしたり、思い切り走ることがある。この子もそれである。

 男の子は住宅街をまっすぐに通り抜け、なだらかな坂道に入った。坂道は直角
に曲がる。この子の家はすぐそこだ。
「淳ちゃん、お帰り、そんなに走ると転ぶよ! 気をつけて」
 西村のおばちゃんがほうきで玄関先を掃きながら声をかけた。
 この子の名前は石川淳也、小学二年生である。




「ハアーツ、ハアー。おっ、おばちゃん、ただいま」と、声も絶え絶えに返事を
したが、その場から動こうとしない。
「淳ちゃん、ジュース、飲む?
 ママは幼稚園に美佐ちゃんを迎えに行って留守よ」
 淳也はとなりを見た。西村家のとなりが淳也の家である。ママの車がなかっ
た。
「うん、飲む、飲む」ようやく息をととのえたらしく、返事をした。
 
 おばちゃんの家の玄関を入り、居間の横を通って台所へ行く。
 居間には高校二年生の京子お姉ちゃんの後姿が見えた。
 淳也がもっと幼かった頃、京子お姉ちゃんに抱っこしてもらったり、遊んでも
らったりしたのを覚えている。
 しかし、お姉ちゃんは髪を茶色に染めた頃から急に無口になり、淳也に話しか
けなくなった。
 淳也に対してだけでなく、近所の人に対しても、つっけんどんな素振りであ
る。
 だから、少し恐いと思うことがある。
 淳也のママは京子お姉ちゃんを見て、「年頃だからねえー」と言っている。

「お姉ちゃん、こんにちは」と、言って台所のテーブルに座った。
 お姉ちゃんは「うん」と返事をしただけだった。
「淳ちゃん、無愛想でごめんね」
 おばちゃんが言った。
「無愛想って、何?」
「淳ちゃんが挨拶したのに、京子は返事をしなかったでしょ。あれを無愛想とい
うの」
 おばちゃんはオレンジジュースをグラスに注ぎながら言った。
 居間にいた京子お姉ちゃんが急に大きな声で笑い出し、台所へ入って来た。
「そうだよ、淳ちゃん、返事をしたよねー」
 京子お姉ちゃんはそう言いながら、淳也の向かいの椅子に座って、上半身を前
に押し出した。
 淳也の顔の前に京子の顔がきた。
 淳也は瞬間、目を大きく開き、閉じた。
 お姉ちゃんの目の周りが紫色だ。淳也の知っている顔ではない。パンダに似て
いた。
「ほら、淳ちゃんも京子の顔に驚いているじゃあない」
「どうしたの? 誰かに殴られたの」
「あっはは」おばちゃんが大声で笑った。
 お姉ちゃんは「ふん」と言って、台所から出て行った。
 淳也はお姉ちゃんに悪いことを言ったのかもしれないと思った。
「京子、もっとましな化粧をしなさいよ」
 おばちゃんはお姉ちゃんに聞こえるように大きな声で言った。
「淳ちゃん、ごめんね、気を悪くしないでね。あの子はこの頃変なのよ」

 淳也は両手でグラスを支えもって、一気にジュースを飲んだ。
「プハーッ、ああ美味しかった」
 淳也は手の甲で口の周りを拭いた。
「あっ、お、おばちゃん、今のプハーは、ママに内緒にしてね。
 パパがビールを飲むときの真似をしてはいけないって、ママが言うんだけど、
面白くっていつもやっちゃうんだ。ねっ!」
 斜めに見上げる淳也におばちゃんは笑顔でうなずいた。

 そのとき、台所の窓越しにママの車が見えた。
「あっ、ママだ!」
 淳也はおばちゃんの顔を見上げた。
 おばちゃんは微笑んでいた。
 この微笑みは、「戻っていいよ」という意味だろうと思った。
「ごちそうさま、僕、帰るね」
「また、いらっしゃいね」
「うん」
 居間の横を通るとき、お姉ちゃんはひざに顔を乗せて、足の爪に気味の悪い色
のマニュキアを塗っていた。
「お姉ちゃん、さようなら」
「うん」

「マッマー」
 玄関をでるなり、淳也は大声で叫んだ。
 ママは恥ずかしそうだった。
「大きな声をだすんじゃあないのよ!」
 そばまで走ってきた淳也にママが言った。
「お兄ちゃん、西村のおばちゃんちへ行っていたの? いいなあ」
 妹の美佐子が言った。
「ママがいなかったから、ジュースをもらった」
「お礼を言ったでしょうね」
「うん、言ったよ」

 ランドセルを机の上に置く。
 キッチンのテーブルにママがおやつのクッキーと牛乳を出してくれた。
「淳ちゃんはジュースを飲んだのだから、グラスに半分ね」
 と、言いながらママがいつものように聞いた。
「今日は学校で何があったの?」
「いつもと同じ、授業があって、給食を食べて、休み時間に遊で・・・・・・」
「誰と遊んでいるの?」
「裕君とツッ君と、修君と・・・・・・  えーっと、それから・・・・・・」
「どんな遊びをしているの?」
「ゲームの話をしたり、かけっこをしたり・・・・・・」
「そう・・・・・・」
 ママは何か物足りなさそうな顔をした。
「美佐ちゃんは幼稚園でどうだった?」
「由梨ちゃんがおしっこをお漏らししたの、そしたらね、坂上先生がパンツの代
わりを持ってきて、由梨ちゃんに着替えさせて洗っていたよ」
「そう、先生も大変ね。美佐子はお漏らししたことはないでしょ?」
「美佐ちゃんもお漏らししたことあるよ」
「えっ、いつよ? そんなこと聞いてないわ、なぜ黙っていたのよ!」
 ママはひたいに手を当てて声を漏らした。
「明日、幼稚園の先生に謝らなければならないわ。
 美佐ちゃん、これからは黙っていないで言うのよ」

 午後六時半、パパの帰宅である。玄関で靴を脱いでいるそばから美佐子がパパ
の背に飛びつく。パパは背に美佐子をのせたまま立ち上がり、ママのところへ行
き、「ただいま」という。
 いつもの光景である。
 淳也も美佐子のように飛びつきたいが、僕はおにいちゃんだ、美佐子のように
したら恥ずかしいという気持ちが芽生えて、この頃できなくなった。
 パパの仕事は大学の助教授だと聞いているが、その仕事が何なのか知らない。
 パパはほとんど毎日六時半に帰ってくる。
「仕事よりも家族を大切にしたい」というのがパパの口癖だ。毎日同じ時刻に戻
ってくるのと関係しているのかもしれない。

 パパが帰ってくると、時計で測ったように家族が行動する。
 先ず、最初に風呂。パパ、淳也、美佐子の三人で入る。
 淳也と美佐子が浴槽に入る。パパは洗い場で体に勢いよく石鹸をつけながら、
今日学校であったことを淳也に聞いてくる。ママに話したのと同じことを話さな
ければならない。
 しかし、この頃は美佐子が淳也に代わって話すようになった。
「いつもと同じことよ、パパ。お兄ちゃんは、学校で授業があって、給食を食べ
て、休み時間に遊んで・・・・・・。
 遊ぶ相手は、裕君でしょ、ツッ君でしょ、修君なの」
 淳也が話したのと同じことを喋った。
 美佐子は続いて、ママに話した幼稚園での出来事を同じように話した。
 パパはママと違って、美佐子のお漏らしを叱らずに笑って聞いていた。

 一通りの報告が終わると、パパは淳也を浴槽から出して、淳也の体を洗う。そ
の次に美佐子の番だ。
 淳也はなれたけど、美佐子はパパが背中をゴシゴシやるので、「痛い、痛い」
と言っている。
 その後三人で浴槽に入る。美佐子は百まで数えたら出ることができる。淳也は
九九を間違えずに言い終えてあがる。
 美佐子と淳也が風呂から出るとき、
「おーい、ママ。美佐子が出るぞー」
「おーい、ママ、次は淳也だ」
 と、パパが叫ぶ。
 ママがバスタオルを広げて待っていてくれる。
 裸の美佐子がバスタオルに飛び込むと、頭から水気をやさしくふき取ってくれ
る。
 淳也も同じようにバスタオルに飛び込むが、美佐子の体を拭いた後だから、気
味が悪い。あの乾燥したバスタオルにくるまわれてみたいと思う。
 でもそのためには、九九を早く言い終わらなければならない。

 風呂の後、七時十分頃から夕食である。
 淳也達が食べ始めるとパパは、ママが注いでくれたビールを飲む。
「プファーッ、ああ、美味い!」と声を出す。
 そして、決まったように
「ママが注いでくれたビールは美味い!」と言う。
 毎日同じ言葉を聞いている淳也は、ビールというものは注ぎ方次第で美味くも
まずくもなるものだと思っている。
 ママの料理は美味いとかまずいとか言う、パパの言葉を聞いたことがない。
 たぶん、ビールの方が美味いのだろう。

 食事が終わるとママが風呂に入り、パパと淳也と美佐子が後片付けをする。
 食事の後片付けは、パパとママが結婚したとき、ママがつけた条件だと聞い
た。でも、パパは後片付けが楽しそうだ。
「淳也と美佐子が手伝ってくれるから楽しい」と言っている。

 その後、居間でテレビを見たり、話をしたり、適当に時間を過ごす。
 午後九時になると純也と美佐子は寝るようにせかされる。
 寝室には、奥からパパ、美佐子、淳也、ママと大小異なる四つの布団が並ぶ。
 美佐子のそばでパパも横になり、昔話をする。
「おじいさんが山へ芝刈りに行くと、川上から大きな桃がドンブラコ、ドンブラ
コと流れて来たんだ」
 パパは、抑揚をつけて面白くおかしく話し始めた。
 ドンブラコ、ドンブラコというところで美佐子は、キャッキャッと嬉しがって
いたが、この頃が違う。
「パパ、昨日はドンブリコ、ドンブリコで、その前はドンブラコッコ、ドンブラ
コッコだったよ。
 どうして今日はドンブラコ、ドンブラコなの?」
 と、美佐子が聞いた。
 ドンブリコとドンブラコッコ、ドンブラコの違いは、川を流れながら桃が浮い
たり沈んだりする様子が少し違うように思う。
 淳也はパパの話を聞きながら、頭の中にその物語の想い描くのが好きだった。
だから毎日違う桃の流れ方を楽しんでいた。
 淳也は想像力が人一倍強い。だから、想い描いたものと現実が入れ替わって自
分でも分からなくなることがある。
「淳也は文系で、美佐子は理数系だ」
 と、パパがママに話していたのを聞いたことがある。
 桃太郎が鬼が島に渡る前に、淳也は寝てしまった。

 淳也は夢をみた。
 西村のおばちゃんが『元気でねーっ、頑張るのよー!』と叫んでいる。
 おばちゃんの背におんぶされた美佐子が『お兄ちゃーん』と叫んだ。
 ボートの上で桃太郎がうなずいた。桃太郎の顔は淳也だ。
 猿がエンジンをかけた。スクリューが勢いよく回り、ボートが動いた。
 キジが『俺についてこい』と言いながら、先に飛んでいった。
 あれ?  家来の犬がいない。淳也は夢の中で犬を探した。
 いた、いた。桃太郎である淳也の腕の中で、鼻黒の小犬が抱かれている。

 鬼が島が見えてきた。三角形の山がある。
 ザーッ、ボートが砂浜に乗り上げた。
 ボートを飛び降りた桃太郎は、爪にマニュキアをした二本の足を見た。顔をあ
げると、京子お姉ちゃんだ。
 お姉ちゃんの頭には二本の角があり、目の周りには黒い輪がついている。
 その後ろでママが『淳也、助けてー』と叫んでいる。
『ママー、助けるからねーっ』と、淳也が言った。

<続く>